隣人記

めでたく男やもめの隣人が35の齢をむかえたので、隣人の現況を記す必要を思った。
隣人の生国は千葉県。大学を卒業後、東京都内に来たらしい。就職という言葉をわすれたような、典型的なフリーターで夢や希望があるかないのか、そこのところはよくわからない。
酒はあまり飲まないようだが、煙草は吸うし、すれちがうとヤニくさい。禁煙のビッグウェーブへ乗るにも遅れ、そもそも禁煙する気もなさそうだ。電子タバコなぞ貴族のおもちゃといわんばかりに、昔ながらの紙巻をプカプカやる。

生活は地味の一言。
なにせ金がない。女の影もないのは本人に魅力がないからといってはいけない。多感な時期の35なのである。いたわりをわすれてはいけない。かろうじて童貞ではないが、ほぼ童貞である模様だ。最近『素人童貞』の称号に敬意と憧れを抱いているフシがある。『素人童貞』と名のれ、夜街の一角でキャッキャウフフできるのは、金に余裕のある猛者だけと世間は知るべきで、そういうエリートの入店を路傍の端で眺めては一人悦に浸る怪しい性質の持ち主だからこそ、女が寄りつかないのだと、繰り返になるが言ってはいけない。

世間では35前のひと月など、仕事にほどほどの地位がついて頑張ったり、家庭や被扶養者のためなど、社会の一人たる自覚と責任をもち、あるいは自分というものが冷静に見えはじめてくる時期であって、ニュースに目をむければ北朝鮮情勢が切迫化する気配をみせるなど、これからの日本を担ってゆくべき内外の気骨の一つでも培う絶好の機会であるのに、隣人といえば、ここ数週間、少女マンガにお熱であった。読破したタイトルはなんと十を越える。中でも、『ときめきトゥナイト』(池野恋)は大変お気に召したようで、薄い皺のにじむまなじりから涙すら流して読んでいた。やはりハッピーエンドは良い。“女性の心をまなぶためだから!!“と表向きは嘯いていたが、少年マンガにはない少女マンガの恋愛内容も、結構好みのようである。マンガで本物の心模様が学べるわけないだろと笑ってはいけない。それは強者の言であって、隣人には女性の友人がいないのだ。藁をも掴む心地であるかもしれない。それにしたっておっさんが少女マンガにうつつを抜かして忍び笑いにはげむ顔は、どうかと思わんでもない部分が正直あるのも確かである。