🌸ヤクザの刺青🌸

「ガッコの下駄箱で
 上履き間違えないようにするのと同じですよ」

-関東 若手組員

◆後戻りしない覚悟◆
歴史の本を読み解けば邪馬台国の時代から続く刺青文化の歴史が書かれ、宗教的・呪術的な性格や島流しの受刑者が彫られた話、江戸時代に武士も入れた歴史など細かく書かれていて、日本に古くから根差した文化であることがわかります。
しかし、昭和の時代から刺青はヤクザの専売特許になり、カタギで刺青を入れる人はいなくなったようです(鳶職人さんや漁師さんなど一部は除く)。現代のように「あの人の刺青はファッションかしら?本職の人なのかしら?」と迷うことはなく刺青が入っている=スジモノでした。

◆昭和のヤクザの人いわく◆

※高倉健主演 いれずみ突撃隊(東映)
昭和の時代に刺青を背負うということはヤクザ以外ではありえない異常なことだったそうです。

「僕らのころは、刺青はヤクザしか入れませんでした。スミを入れるというのは一般社会に戻れない、カタギに帰れないという厳しい十字架だったんです。同時にこれを入れたからには後には引かない、一生、極道を貫くんだという覚悟を決めるためにやったんです。当時は手彫りで何年も痛みに耐えながら入れてたものです。職人さんにお願いして全身入れるのに何百万もかかりましたんで、そのためにシノギも頑張らないといけない。そういう心を強くする、自分を追い込むために入れるものでしたわ」

◆もう入っとるんかい!?◆

現代では刺青を「タトゥー」と呼び変えられ、ファッションとして認識されています。和彫りは不良色が強くファッションタトゥーと一線を画していますが、ちょっとヤンチャなお兄ちゃんで別に組織の人間ではないという人も入れています。
最近はハタチそこそこの若い組員が入門してきて「スミ入れるか?」と聞くと「もう入ってます」という話が多いそうです。



中年組員「わしらのころは最初は部屋済みをして親分や兄貴の龍や鯉の入った背中を流して、その刺青にあこがれたもんです。兄弟分と下絵を見ながら『俺はオヤジと同じ龍がいいなあ』『俺は兄貴の鯉だぜ』『いや、でも本家の親分は唐獅子牡丹らしいよ』なんて何年も悩んでね。それでカネと覚悟を溜めて何年もかけて泣きながら彫ったもんですが、今じゃ『かっこいいガラなんで選びました』なんて言われてズッコケますわ。今どきのスミは機械彫りで痛くもないし、何か月かでできちゃいますし、いざとなったらレーザで消せるとくれば、そりゃ街中のバカが入れますわな」

◆意外と多い親分フルネームの刺青◆
ヤクザで結構良く見かけますが胸の真ん中に「田中太郎」みたいな人名をフルネームで彫っている人がいます。その人は「田中太郎」ではありません。親分の名前を彫っているのです。「田中組」とか「田中一家」なら分らんでもないですが「田中太郎」と彫っているのはどういうことなのか。

何人かに聞くと、それは「自分がついていくと決めた人だからフルネームを入れて覚悟を決めてるんだ。この刺青が入っていたら、ほかの親分に心変わりすることがない、ほかの組も他人の親分の名前が入った若い衆なんか引き取らないでしょう」とのことでした。

「俺は親分の所有物ですから、名前が書いてあるんです。小学校の時、文房具や上履きに名前書いてあったでしょ?アレと同じですよ」

同じじゃないでしょ……と思いましたが、
突っ込めず。