🌊ヤクザとはバカでなれず利口でなれず🌊


伝説の侠客として知られる清水野次郎長

「バカで成れず、利口で成れず、
 中途半端でなお成れず」
 ―出典不詳

◆どういう人がヤクザに向いているのか◆
ヤクザとは「バカで成れず、利口で成れず、中途半端でなお成れず」これは日本中のヤクザが知っている言葉で、共有の呪文みたいなものだと思います。映画が初出だという声もあれば、歌の歌詞だとの声もあるし、職人さんの業界で古くからある格言だという人もいるため出初は定かではありませんが、ここでいう「成れず」は「成功できず」という意味だそうです。つまりヤクザは、バカなやつが成功するほどいい加減ではないけれど、利口なやつが成功する稼業でもない、中途半端な奴なんかなお何もできないという意味です。じゃあどういう人が向いているのかという話になります。

◆バカ◆

「短気」「気性が荒く」すぐにケンカやトラブルを起こす人。一般社会では頭のおかしな厄介ものですが、ヤクザの世界になると「人情に厚い」「まっすぐ」「一本気」などといったワードに変換され、ポジティブな人格として評価されます。また、非合理的なことをして社会・経済的に損をしているような人も「向こう見ず」「怖いもの知らず」「度胸がある」などと評されます。

ヤクザの世界ではこうした人物をまとめて「バカ」と呼ぶ文化があるように思います。

「うちのオヤジもバカですよ」「アニキは本当にバカなんですよ」なんて前置きするときのヤクザの顔は、大体満面の笑顔です。そして一息ついて、「母子家庭に借金の取り立てに行ってカネを置いてきた」とか「裸足で拳銃持って殴りこんだんだよ」なんて武勇伝を話してから「ホント、バカですよねえ」なんてニコニコします。要するにうちの人間はチマチマした知恵をめぐらせないで思ったままに突き進む度胸と気立てのいい豪快なオトコなんだ―ということが言いたいわけです。

しかし、それなりに大きな組織の親分で本当にただのバカという人はあまりいないんではないかと思います。やはり本当のバカでは成れないようです。


◆利口◆

ヤクザ社会では「あいつは利口な奴だ」なんていわれるのは「コソコソ知恵の回るこざかしい野郎だ」と言われているのと同じです。ヤクザ社会で利口という言葉は、ポジティブなとらえ方はされていません。
一般社会では「慎重」とか「注意深い」は誉め言葉ですが、ヤクザの特に親分になる気質としては逆に「度胸がない」とか「キモが小さい」などと呼ばれ、経済的には「ケチくさい」などというワードにつながっていきます。
しかし、組全体が「バカ」の集まりだと、カネも稼げないし、出世もできないし、ケンカばかりでたちまちみんな塀の中…。組がつぶれてしまいます。
ヤクザというバカが誉められがちな社会でありながら、やはり現代では利口な人も必要、でも利口な人は親分の器ではないといいます。

※最近はこうしたヤクザの「利口」に似た言葉の誉め言葉バージョンでは「賢い」が通っています。関西?の言葉かもしれませんが関西のヤクザが「あそこの親分は賢い」と言ったら、それは頭がキレるという意味で、誉め言葉であるようです。

◆中途半端◆
やはりバカと利口どっちつかずの人物、ヤクザが最も嫌うハンパな人間のことです。バカでも利口でもなく器用に真ん中を渡り歩くようなやつは、突き抜けて出世することはないというコトかと思います。

◆結論◆
そもそも言っていることが破綻している格言なので真に意味するところは分かりませんが、この格言を聞いて自分はどうだろうかと考える機会を与えることに目的があるような気がします。

この格言はヤクザ社会だけでなく一般の会社や組織にも通じる部分があるのではないかと思います。バカだけど心が広く人望がある人、緻密に作戦を立てて突き進む頼りになる人、オールマイティーに器用にこなすバランスの取れた人。いろいろな人がいてい良いという意味にもとらえられますし、とかく人の評価や出世はあいまいなものだから、細かいことは気にせずに泰然自若としていろという気もします。