ヤクザの指詰め(文化編)

◆断指の文化 指切りげんまん◆
ヤクザの根深い文化に「断指」があります。失態を犯した時、自分の意見を貫こうとするときにケジメとして小指を切断して先方に渡します。「詰める」「ちぎる」「飛ばす」などとも言われます。元々は遊郭の遊女が愛する男性に添い遂げる誓いを立てるために小指を切り落として送ったのが起源とも言われます。女性が先に始めた文化であるという説を唱える人が多数派のようです。

ここで気になるのが例の歌です。

指切りげんまん♪
うそついたら針千本のーます♪
指切った♪

この歌について調べてみると、最後は「指切った」で終わっていることに気づきます。すでに指は詰めて誓いを立てている者の歌なのです。それでもうそをついたら、「げんまん=拳万=コブシで1万回殴る」上に「針千本飲ます」ということだそうです。ほとんど「殺す」と言っているのと同じ・・・。指を詰めてもなお反省しないやつは殺すということです。

諸説あってよく分かりませんが、切腹や血判状など自分の体を傷つけることで忠誠や誠実さを示そうとする文化は日本にはあるので、断指はそれの1つのような気がします。

◆内向けの指と外向けの指◆
断指には身内の組長や兄貴分に不義理、迷惑を掛けたことをわびるために行う場合と、他団体への謝罪のために行う場合があります。

内向け
自分が所属する組に迷惑を掛けたとき(覚醒剤の使用など組の規則に反したとき・組の金や利権を猫ババしていたとき・組から逃亡して破門などになったものの復帰するとき)親分や兄貴分に謝罪の誠意を見せるために行います。指を落として失敗を文字通り体に刻み込んで二度と同じような過ちを犯さないと自分に言い聞かせ、親分や兄貴分に反省を誓います。

外向け
他団体とトラブルを起こしたときに先方に謝罪するために行います。「指を詰めたので勘弁してください」ということです。単独で行くことは少なく、仲裁役を伴って他団体を訪れてその仲裁役が「こいつも指を落としてまで言っているのでそちらも勘弁してやってくれませんか」という話の持って行き方をすることがほとんどです。現代ヤクザは指だけでなく謝罪のためのお金も持参するのが一般的です。



◆「生き指」と「死に指」◆
断指には「死に指」と「生き指」という区別があり、大きく性格が違います。

「死に指」
シンプルに自分が直接した失態の責任を取るため、謝罪のために断指すること。ヤクザ社会では「カッコ悪い」断指です。
※間違った使い方だそうですが、「詰めたのに解決につながらなかった指=役に立たなかった指」という意味でも使われているそうです。「詰め損」。

「生き指」
自分に非がない立場にもかかわらず、自ら断指して主張を伝えること。たとえば知り合いの組同士が抗争やもめ事をしてその仲裁に入るときに「オレが指を詰めるからもうやめてください」という意味を込めて断指します。子分や舎弟が行った不始末の責任を免除してもらうために断指する場合もやや「生き指」の特性があります。ヤクザ社会では「カッコイイ」断指です。

任侠映画では「オヤジ、舎弟の不始末はのオレの不始末です。この指でこらえてください」などというカッコイイ兄貴分が現れ、組長が「わかった。お前がそこまで言うのなら」とうなずき、舎弟が「兄貴ィ!」なんて泣くシーンが出てきます。

冷静に考えればただ2人の人が指を失うという大けがをしただけで、何もプラスなことは起きていませんが。