「死ななきゃいいってもんじゃないすよ。
体が不自由になるって大変ですよ」
―若手組員D
◆抗争は毎日◆
広い意味でトラブルということであれば、歌舞伎町では毎日のように起きています。ケツ持ちの店の取り合い、女性の取り合い、目が合った、肩がぶつかった、兄弟分に挨拶がない、、、信じがたいくらいくだらないことで朝から晩まで「抗争」しています。ヤクザ、暴力団の行動原理は暴力で、ナメられたら仕事にならないわけで普通の人ならちょっとトッポイ人でも「今度から気をつけろよ」で済むような話なのに双方ひかないものだからすぐに大げさな事態に発展していきます。ヤクザの喧嘩の特徴にすぐに仲間が集まるという部分があります。例えば歌舞伎町の路上で3人組同士なんかがオイコラと始めたら、すぐにお互いの組織が集まってきて、10分後には双方10人で20人、20分後には双方20人で40人、30分もたてばあっというまに60人で、そこに警察も黒服も客引きのチンピラもきて100人近くのどんちゃん騒ぎになります。そして誰かが仲に入って双方のメンツをたてて解散していきます。
◆存在感を示すため◆
一見、実に無駄な時間に思えますが、これは自分が面倒を見ている違法店や水商売の店、警察、そして何よりほかの団体に自分たちの威勢を示すのに最適なのがこうしたプチ抗争を起こすことです。
ヤクザ「A組は30分で100人集めたらしい」
客引き「やっぱヤクザに逆らわない方がいいね」
警察 「いざとなったら若い衆いるんだな」
こんな話が回ってくれれば組の威勢を広くとどろかせることになるわけです。自衛隊がたまに市街戦するような感じでしょうか。
◆死ななきゃいいというものではない◆
近年、ヤクザ暴力団の抗争で人が死んだり拳銃が使われたりするのはごくまれです。なぜなら警察に逮捕されてしまうからで、組織的な構想の場合、親分以下幹部がみんな刑務所に行くことになります。そもそも最近のヤクザ同士のいざこざは山口組の分裂抗争などを除いて組織的に背景がない個人的なトラブルがほとんどで、あまり大きな事態にはならずに数日で収束します。
でも、小さないざこざにこそヤクザの厳しさが。
若手組員Dはある日、兄貴分とキャバクラで飲んでいました。兄貴分が別の組織の顔見知り(本来敵対していない)と鉢合わせして、酔った勢いでくだらないことでケンカになりました。普通の不良同士のケンカと違うのはこの場で負けてしまうとヤクザとしてのメンツが立たない、組織の恥になるということです。
Dもケンカに参加しましたが、転んだ拍子に割れたグラスで手のひらをザックリと切りました。ケンカの相手も「おい!大丈夫か」ととっさに声をかけてしまうぐらい血が噴き出しました。
Dはすぐに車に乗せられてその場を離れました。車の中で改めて手を見ると、骨が見えるくらい深い傷でした。しかし、警察にも病院にも行けないのでアパートでアホな10代のキャバクラ嬢の彼女からマツモトキヨシで買ってきたマキロンと傷テープと包帯で、Dに言わせると「クソ手当」だけを受けて痛み止めを飲んで寝込みました。翌日、兄貴分から「手打ちになった」というラインが入ってホッとしました。
1か月くらいして、傷はふさがりましたが、左手の指が動かなくなっていました。最初はずっと包帯を巻いていたから手が固まっているんだと思っていましたが、いつまでたってもグーチョキパーさえ作れません。「料理をしていて手を切った」とウソをついて病院に行くと「神経が切れていてもうつながらない。どうしてすぐに病院に来なかったのか」と言われました。
リハビリを続けましたが、回復せず、左手は今も使えません。ケンカに巻き込んだ兄貴分からは見舞いも謝罪もなく。
「病院の帰り道、親に『身体障害者になっちゃったね』て言われたのが一番こたえました。自分、結構スポーツできたんですよ。体が丈夫なのだけが自慢だったし。まともな人生だったら、体が不自由になんてならなくてすんだのに、親からもらった大事な体だったのにって考えたら、なんか、すごく」