闇金ウシジマくん考察
ヤクザ半グレ金儲けと滑川

小学館スピリッツの大ヒット漫画「闇金ウシジマくん」のヤクザ・反グレを考察してみるスピンオフ的な記事です。基本的には「滑川」氏を中心に考察を進めます。

アウトローの頂点に君臨するヤクザが勝ちか
ヤクザを利用するアウトローが勝ちなのか

この物語では「勝ったのはだれなのか?負けたのは誰なのか?その勝ちは負けではないか?その負けは勝ちではないか?」そんな問いかけが根底にある気がします。

東京最強ウシジマくん

クレイジーなガクト三兄弟にもフルスイング。

作品は東京で活動する闇金融業者の丑嶋馨(うしじまかおる)を中心に現代の風俗、ヤクザ、半グレ、詐欺師、事件師、AV業界、風俗業界、アフィリエイト業界、アパレル業界の闇を描く物語です。こうした社会はすべてカネを中心に回っている世界なので金貸しを描けば多面的に世界が描けるという着眼点に脱帽です。主人公のウシジマくんは地元の不良が誰もかなわない絶対的な強さを持った人物です。クレイジー系キャラとして登場する鰐戸三兄弟(ガクト)や肉蝮(二クマムシ)相手でも全く動揺せずにガンガンと攻めていきます。

 

ウシジマも頭が上がらない存在


作中、様々なモンスター的な人物に遭遇しても、一歩もひかないウシジマくんですが、唯一ケツ持ちのヤクザである滑川氏には逆らえません。

「カネを持ってこい」と言われたら持っていき、「今から千葉に来い」と言われれば早朝でも車を飛ばす。これはウシジマ氏が不良の世界ではヤクザは絶対であるということを理解しているからです。滑川氏や対するハブ組長がウシジマを「ハンパ者」と言い捨て、ウシジマが敬語を使い続けるには不良社会の鉄の掟があるからです。


ヤクザの絶対的な力を借りる

結局、闇金や賭博、薬物の売買などアウトローな商売は絶対的なヤクザのチカラでバックアップされて初めて成り立つものだということを作者の方はよくわかっていらっしゃいます。ウシジマくんは広い意味で企業舎弟=フロント企業の社長であり、ヤクザを無視してシノギをかけることは絶対にできないのです。

ヤクザが相手のトラブルに発展するとヤクザに頼るしかありません。作中、ヤクザを相手にウシジマくんが藪蛇組の飯匙倩組長(ハブ)を殴って敵に回してしまうことがあります。飯匙倩組長は素人にメンツをつぶされた格好になり、ウシジマを殺すと息を巻きます。
ウシジマは逃げ回りますが、滑川は「素人がヤクザ殴っちゃダメだろ」とウシジマににじりより、自分たちが解決するから素人は引っ込んでいろと言います。もちろんこの背景にはウシジマから解決金を得ようとか、少なくとも恩を売ろう、貸しを作ってさらに優位に立とうという魂胆があります。
しかし、思いがけず自体は収束せずにヤクザ同士の抗争事件に発展してしまいます。親分や兄貴たちにも知られ、滑川氏は引けなくなっていきます。ウシジマという企業舎弟のケツ持ちを名乗る以上、メンツをかけて相手のヤクザとケンカを続けます。結局、滑川はウシジマを守るために子分を撃たれ、そして何より尊敬していた兄貴を殺害されることになります。

企業舎弟や共生者は下手に出るフリをしてヤクザに近づき、致命的なリスク、トラブルの解決をヤクザに押し付けて実利=カネを稼いでいるわけです。滑川が勝ちと考えるか、ウシジマが勝ちと考えるか難しいところです。


細部の描写と「見たことある」風景

ウシジマくんの絵の中には少しこういう世界を知っていればわかるような場所やシチュエーションがたくさんあります。「悶主陀亞(モンスタア)連合って関東連合だろうな」「あ、六本木の”瀬里奈”回りはこういう人いるよな」とか「これはあのいつもヤクザばっかりの歌舞伎町の独立系ファミレスかな」とか「またあのホテルのヤクザだらけのロビーか」とか。微細な組事務所の描写やヤクザの服装もリアルです。

滑川氏は新宿の1泊7万円高級ホテル(パークハイアットがモデルのような気がします)で暮らし、毎朝4000円もするモーニングを食べ、子分を連れてキャバクラで豪遊します。毎日ウン十万を使っている気配がありますが、豪邸を持つこともせいきん貯金をすることもできません。子分が誕生日プレゼントをよこしてくれますが、高級スーツやブランド品のライター、葉巻です。まともな資産は手にできずホテルやキャバクラ、ちょっとした嗜好品など「消えモノ」にしか使えない現代ヤクザのリアルな悲哀が伝わってきます。

 

若い衆の理不尽パワハラ生活と尊敬

ウシジマくんもそうですが相手を威嚇するために仲間を殴るという手法が不良の世界ではずっと続いているのですが、目の前でやられると実際怖いです。

いつも最強の滑川氏ですが、兄貴分(親分?)の「熊倉」氏には頭が上がりません。ヤクザの世界では盃事によって決まった上下関係は絶対だからです。金を稼いでいるとか年が上とかは出世の基準にはなりますし、心の中で「何が直参だよ。何もしてねえくせに」と悪態をつくことはありますが、対外的には自分より貫目が上の人には平身低頭するしかありません。

滑川氏も熊倉に目の前の相手を威嚇するために当て馬的に何度も理不尽に殴られます。熊倉氏が半グレに襲われた際はガードについていたので失態の責任を取り、指を詰めます。

熊倉氏が頭を殴られて脳に障害が残り、言っていることが空中戦になって「走っている車から飛び降りろ!」とわけのわからないことを言われて無用に殴られます。それでも滑川氏は鼻血を拭いてカネを用意し、兄貴である熊倉氏への感謝と尊敬の念を捨てずに添い遂げます。これは生きているときだけのポーズではなく、殺害された後も命日には高級ホテルの風呂で弔いの酒を飲み、亡き兄貴に想いを馳せます。

私たち一般人からするとただの頭のおかしいパワハラ上司ですが、ヤクザの世界では殴られても「気合を入れてくれた」、滅茶苦茶な仕事をさせられても「勉強させてもらった」に変換され、アニキに対する恨みになりません。ヤクザの疑似家族関係に特有のものです。宗教に近いところがあり、論理的、合理的には理解が難しいと思いますが、そういう世界があると納得するしかありません。

今は亡き、反グレたちが描いた夢 

作中、ウシジマくんの10代のころを振り返るブロックがあります。六本木などを中心に活動する独立反グレ闇金グループ「シシック」でウシジマくんは働き、闇金のノウハウを身に着けます。「シシック」は闇金だけでなく、地下格闘技の道場を拠点に、強盗や窃盗などさまざまな裏ビジネスに手を広げていきます。

代表の「獅子野」兄弟の兄は作中何度もヤクザを見下して「もうヤクザの時代ではない。俺たちの時代だ」という気概を見せます。しかし、結局、命を奪われヤクザに死体処理をされます。

弟は数年後には滑川氏の配下に入り、ヤクザの傘を借りて活動している姿が描かれています。東京では10年ほど前から「関東連合」「怒羅権」という反グレグループが台頭し、暴力団ヤクザのまねごとをはじめました。闇金、覚せい剤、オレオレ詐欺やアダルト・ビデオ、夜のお店まで手がけてこの世の春を謳歌しました。
ほとんどはヤクザのケツ持ちをつけて活動していましたが、あまりに自由にやりすぎた一部のグループは警察とヤクザから猛烈な追い込みに遭遇しました。当時の幹部のほとんどは逃亡したか、服役中か、生き残っているグループはヤクザに世話になっているか、そもそも自分たちもヤクザになっています。

闇金やオレオレ詐欺、インターネットカジノ店の運営などの実働部隊はヤクザとは切り離した不良仲間にやらせています。結局ヤクザになってビシバシ巻き上げるのが不良社会では最強手法だという結論になったのでしょう。ヤクザという存在は結局彼らを食ってしまったのです。

この作品で最も素晴らしいく、注目したいのは不良の世界の流れを点ではなく線としてとらえている部分ではないかと思います。

ヤクザや半グレ集団はその都度その都度いろいろな犯罪を思いついて金儲けを繰り返してきましたが、実はコアとなるメンバーやその後輩たちの系譜はそれほど変わっていません。

新聞やテレビは「最近、新しい半グレという集団が生まれています」と言いますが、ほとんどは何年にもわたってどこかのヤクザにこづかれている大人の不良が手を変え品を変え妙な商売を思いついてやっているだけです。

海老蔵さん殴打事件や六本木クラブ襲撃事件で「半グレ」がクローズアップされました。

法律の締め付けが功を奏して、暴力団の動きが沈静化していた時期と重なりました。全国の警察の組織犯罪対策部(組対・マル暴)は「これだけヤクザがおとなしくなった今、ソタイに存在意義があるのか」と各部署から陰口を叩けれていた時期でした。

そこで半グレという集団がクローズアップされ、これが生き残る道だと考えた警察は「準暴力団」という名前を付けて、新型の集団のようにアピールし、マスコミもそれに全乗りしました。

高画質無修正AVの配信、オレオレ詐欺強盗、金塊密輸事件、原野商法、アフィリエイト詐欺やビットコインマルチ、危険ドラッグ密売など今風の事件だから何か頭の回る新型の組織が立ち上がっているのかと思いがちですが、逮捕してみると「あーなんだ町田の闇金の残党か」とか「あー八王子の暴走族の後輩か」などとすぐに点が線がつながるわけです。
その中でも1990年代から2000年代初頭に台頭したヤミ金融にかかわった人たちはその後それを元手に水商売、風俗、AVのようなややこしい部門だけでなく飲食店や健康食品会社、芸能事務所などを立ち上げた人も多く、「ヤクザではないが限りなくグレー」というような現在の「半グレ」の原型を作った人たちだと思います。
昔、ヤクザの親分に「俺たちの歴史を学ばないと意味が分からんままですよ」と言われたのはアハ体験でしたが、ウシジマくんの作者さんもそういうことを大切にされているのかもしれません。
ウシジマくんは漫画なので、超絶異常者があらわれたり、すごく簡単に人が殺されたり(しかも大量に)とちょっと浮世離れしていますが、細かい組事務所の描写や、ヤクザの日常生活がリアルに描かれていて面白いです。漫画なのでちょっと現実を飛び越えないと盛り上がらないところもあると思いますが、この冷たいリアリティは素晴らしいと思います。

まもなく終焉に向かうとのこと。
どんな結末が待っているのか楽しみです。