法と罪 警察・検察捜査の実務的実態
傷害罪 被害届 故意 けがの程度

世の中にはいろいろな罪名があります。

法律の専門書やWikipediaに詳しく書かれていますが、実際に警察や検察、裁判所がどのようにその罪を判断し、捜査しているかという実務的な運用の実際は意外とどこにも書かれていません。その実際について書かせていただきます。

傷 害 罪

刑法第204条
人の身体を傷害した者は、
15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

傷害の程度 医師の診断書が大事


傷害の程度は死に至るほどの大けが―失明などに一生残る後遺症を負わせる重篤なものーちょっと痛いなあ程度で終わるものまで様々です。刺し傷や切り傷などあからさまにケガがわかるものもあればムチ打ちや筋肉痛など本人の「痛み」や「違和感」などを根拠にするケガもあります。


どの程度からが「実務的な傷害」か?
「暴力を振るわれてケガをした」と言われてもその程度はまちまちで警察は慎重に捜査します。現場の実務的に傷害事件として逮捕や起訴などやや本格的に扱う最低ラインは「治療に1週間程度以上かかる」場合のような気がします。それ以下のものは暴行の扱いになる慣例があるように感じます。5日が基準だとする人もいますが実務上ほとんど暴行扱いで止まります。暴行の場合はほとんど逮捕されませんし、起訴もされません。被疑者がヤクザとか前科持ちだと「加療3日」位の軽傷でも逮捕されます。かなり恣意的ですね。

ケガの軽重は誰が決めるのか?
ケガの程度は警察や検察では判断できないため、診察した病院の医師が発行する診断書をもって判定します。特に内臓の損傷や軽い骨折は意外と本人にはわからないものです。

大体診断書は出る

ちょっと殴られた程度で診断書が出るか?ビンタ程度の暴行でもたいていはどこの病院でも診断書を出します。医師もなんとなく「@日間の治療が必要」と書いてくれます。
ちょっとしたケンカでペチペチと殴った容疑者がその場では診断書がないため、暴行で現行犯逮捕され、翌日になって被害者が病院で診断書を書いてもらって帰ってくると傷害罪に切り替えるという手法が定着しています。

傷害はいろいろ


刺したり殴ったりという物理的な暴力でケガを負わせる場合もありますが、身体に害のあるモノを注射したり、飲ませたり、食べさせたりすることも相手の身体に生理的な問題を起こすという点では傷害です。性行為などで病気を移すことも傷害になります。
例えば無理やり覚せい剤や睡眠薬を飲ませて酩酊させた場合は傷害になります。また、感染する病気や菌、ウイルスを持っていると知りながら性交渉などで相手にそれをわざと移した場合も傷害になります。


ココロに傷を負わされたとき
難しいのは精神的に負荷をかけてうつ病やPTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)、パニック障害などを起こさせられた場合です。現代社会でこうした「心の病」はキッチリと病気と認められています。しかし、警察や検察はこうした事件を扱うのをためらいます。
警察はココロのケガ自体を認めないわけではありません。難しいのは「どうして心がケガをしたか」という点です。
「顔を殴られて鼻が折れた」とかいう傷害=物理的暴行を受けた結果の因果関係が明確にわかるものと違って心の問題なので警察や検察がその因果関係を立証するのはとても難しいです。たとえば会社の上司のパワハラが原因でうつ病になったと主張されても、ほかに何か原因があったという可能性を排除するのはとても困難です。

「騒音おばさん」の例
以前、布団をたたきまくったりラジオや目覚ましを鳴らしまくった女性が逮捕された事件がありました。このケースでは被害者に睡眠障害、頭痛や耳鳴りなど比較的わかりやすい後遺症があったことと、音量のデシベル値が巨大であったという客観的な証拠と障害との因果関係が取りやすかったということがあったと思います。

「イヤガラセ電話」の例
昭和の時代に会社の社長の家に無言電話やイタズラ電話をかけ続けた男がいました。男は同居する社長の妻を不眠などの精神的な病に追い込んだとして傷害罪の判決を受けました。この事件も連日深夜早朝に電話をかけるという著しく迷惑な行為でわかりやすい例だと思います。

ココロの障害の捜査の実際
現在の捜査の実態を見る限り心の病になったという件で事件化する例はとてもまれなのが現状です。最近、パワハラの裁判が多く、報道されることも多いので、「あれ?イケるのではないか?」と思われるかもしれませんが、それは民事事件で精神的苦痛、慰謝料を訴えているものです。民事で十分に相手の責任を問えるし、市や料の支払いも請求できるので警察に持っていくとほとんどの場合は「民事でやってください」と断られてしまうのが実態です。
もっともこうした事件の訴えをしてくる人の中には元来、精神的な問題を持っていたりする人も多く「隣の家から電波が出ていて病気になった」とか「知り合いがから盗聴・監視されていてPTSDになった」系の訴えをしてくる人が多いという問題もありますが。

 

傷害は故意犯=わざとの事件

人にケガをさせてしまうことのほとんどは事故でわざとではありません。街中で誤って物を落として人にぶつけてしまったとか、工事の作業中に機械の操作を誤って仕事仲間にケガをおわせてしまったなどという場合はわざと=故意ではないので過失になります。一般的には業務上過失致傷の罪です。あまりに不注意だった場合は重過失などの罪に問われます。
本当に過失だったのかどうか、実はわざとだったのではないかという疑問は結局被疑者(被告)の心の中にしかないのでわかりませんが、警察は現場の状況や被害者と加害者の人間関係などから見極めることになります。

「ケガをさせるつもりはなかった」問題
傷害罪で難しいのは「ちょっと肩を小突いたら、足を踏み外して階段から落ちて頭を打った」のような火曜サスペンス的なケースです。階段から突き落とす、ましてそれで大けがをさせるという意図がなかったため、判断が難しくなります。小突くという前段の軽いとはいえ暴行行為に故意性・意志(悪意)があり、予期していなかったかもしれないけれど、結果的に大ケガをしてしまったとうことなので傷害罪が成立することが一般的です。
とはいえ裁判では意図していなかったことが考慮されてわざと階段からわざと階段から突き落とそうとしたケースよりは量刑が軽くなります。
難しいのは本当に「階段から落ちてしまうとは思わなかった」のか「階段から落ちてしまえばいい」と思って小突いたのかが犯人の心の中にしかない点です。場合によっては「そもそも肩に手をかけようとしただけで小突いていない」と過失を主張する場合もあるでしょう。とても難しいです。

傷害在は親告罪?

親告罪に関しては捜査機関に知らせる=申告と混同されることが多いです。親告罪というのは被害者からの刑事告訴がないと事件化できない事件です。「昨日殴られました」と警察に伝えるのは被害の申告、事件の通報です。傷害はこれに含まれません。なので被害者からの届け出がなくても警察や検察は容疑者(被告)を逮捕・起訴できます。
特に暴力団・ヤクザのケンカなどが大変です。ヤクザが敵にやられて警察に泣きつくのは恥ずかしいことです。「ヤクザが路上で乱闘している」と110番通報を受けて現場に行ったら何人ものヤクザが青タンを作って血まみれになっているのに「なにもされてませんよ」と帰ろうとするのを警察官が押しとどめたりというのは歌舞伎町ではよくある光景です。

将来他の人が被害者になることも考える
路上や飲食店、オフィスなどの人目がある場所でで殴ったり蹴飛ばしたりした場合、被害者と加害者は警察沙汰にするつもりはなかったのに、周囲が警察を呼んでしまうことがあります。
大ケガでない場合、被害者は「警察の捜査や裁判にかかわるのは面倒だから話したくない」とか「大したケガじゃないから相手を許す。なかったことにしてほしい」とうやむやにしようとすることが多くあります。

特に家族や恋人・友達同士だった場合はこの傾向が強くなります。こうなると被害者の証言や被害感情が得られず、被害届も受け取れないので事件化することがとても難しくなります。とはいえ周囲の人の目撃情報などを手掛かりに捜査します。
「人に暴力をふるってケガを負わせる」人物というのはどうでしょうか。ついカッとなってなどと言い訳をされると、そうか、頭に血が上ったんだなと機会的、突発的、事故的な犯罪に思いがちですが、人に暴力をふるうことを抑えきれないというのはそう簡単にすませてはいけない問題です。そういう人物は今後、別の人にも暴力をふるう可能性がある人物です。きちんと捜査をして反省させたり、一定の罰を加えるて同じことをしないようにさせることは今後の社会治安にとっても大事なことです。

被害届・示談・仲直り

容疑者と被害者の間で示談があったり、被害者が捜査にかかわるめんどくささから告訴や被害届を提出しなかったり、一度出した告訴状や被害届を取り下げられることが頻繁にありまります。特に家族間や恋人夫婦間のDV(ドメスティック・バイオレンス)、知人同士のケンカではその時は頭に血が上っていて「許すものか」と思って警察にいろいろと協力したものの、相手が逮捕されてしばらくするとかわいそうな気持ちになって「もう出してあげてください」になるケースはとても多いです。

親告罪ではないので、被害届は絶対に必要ではないのですが、実際、法廷での証言も期待できないし、被害者感情が薄い事件を起訴しても裁判所や弁護士からもこれを正式裁判にする必要があるのかと突っ込まれます。よほど重いケガなどでない限り検察官・検事から「被害者からこんなことを言われたのでは起訴を見送るのが普通だ」と言われてしまうことも多いです。
また検事が頑張って起訴をしても裁判で
「被告から反省の手紙と示談金が振り込まれたので寛大な処分を求めます」などという意見が出されれば量刑が軽くなったり執行猶予になったりします。

ホストと客のケンカはこれが極端に多く、警察はさんざん捜査を尽くしてさあ起訴しようと思ったら「やっぱり大好き!早く出してあげて!」なんてオチになること山のごとし。

現場助勢罪
刑法206条
現場で「勢いを助けた者」は、自ら人を傷害しなくても現場傷害罪として処罰される。
要するにこれから誰かがケガをしそうだという現場にいながら「やっちまえ」とかひどい場合には躊躇する容疑者に「度胸がないのか」などと声をかける野次馬的な行為を禁止するものです。めったに立件されるものではありませんが、「そういうことをやってはいけませんよ。善意があるなら止めるのが普通でしょう」という意義のある法律だと思います。
ちなみに明らかに被疑者側のサイドに立って相手を逃げられなくしたり、被疑者にバットや刃物などの凶器を渡したり、ヤクザ的な組織性があってその場にいた場合は実際に相手を傷つけなくても共犯になります。

罪に問われない傷害


格闘技 スポーツ全般
ボクシングやプロレス、柔道、相撲などお互いがケガをする可能性を同意した上でのスポーツの中でのケガ正当業務行為というものにあたり、傷害に問われません。試合の最中に明らかにルールを逸脱したり、試合時間や場所と違うところで暴行を加えた場合などはこの限りではありません。なのでプロレスの場外乱闘はギリギリ傷害罪になるそうです。まあ皆さんプロなのでケガする人はいません。
また、正当業務行為というのは「日常的に反復的に行われている行為」を示すのでお互いが同意した上でも急なケンカは傷害や暴行に問われます。

日大アメフトタックル事件
アメフトという競技の中でぶつかり合うことは本来、「正当業務行為」だし、そもそも格闘技でないスポーツでのケガに関しては傷害よりは過失の文脈で議論が進められることが普通です。しかし、今回はホイッスルが鳴った後、厳密にいえば「試合時間外」に起きた事件であったことと、書類送検された選手が試合の勝ち負けでなく「相手の選手をつぶそう、ケガさせてやろうと思った」と供述していることから傷害に問われたのだと思います。

自傷行為
リストカットなどの自らを傷つける行為は傷害罪が「被害者以外の者」によってけがをさせられるという要件があるため傷害罪になりません。かといって警察は目の前で自傷行為をしている人がいても放っておくわけにはいかないので逮捕でなく保護という形を取ります。

刺青(入れ墨)・タトゥー
人の体を刃物や機械で傷つける行為は傷害ですが、本人がやってくれと言ってお金を支払ってお願いしているので傷害にならないというか、被害届も診断書も取れないので事件化できません。ただ、医師法で事件化されることは少なからずあります。いずれにせよたいていはお客が「思ってたのと図柄が違う」とか「ヘタクソで痛みが残っている」とか不満を持って警察に来るケースです。

ピアス
ピアスも「耳に穴を空ける=人の体を傷つける」という行為としては傷害にあたるような気もしますが、お客さんに頼まれてやっているので、事件化されません。厳密な法律と運用は違うようです。

人体改造・ボディメイク
なかなかレアなケースですが、自分の体を著しく改造する人たちがいます。具体的には身体に鉄板を埋め込んだり、局部に真珠を入れたり、舌を割いたりする人です。こうした行為は医療的な意味がないので医師が引き受けることはなく、無資格のその道のプロが行うことになります。非常に危険な行為です。
「ドラえもん」という改造をした人がいると聞いたときはびっくりしました。気分が悪くなるので具体的には書きません。

ヤクザの指詰め
自ら一人で勝手に思いついてやった場合は自傷行為ですが、誰かが手伝った場合は傷害罪になります。また、「指を詰めろ」と迫られて指を切断した場合は「強要罪」になります。実際に逮捕されているヤクザが結構います。ほとんどは組に不満を持った人間が後になって警察に訴えてくるケースがほとんどで、一般的には立件されません。