暴力団ヤクザ組事務所 閉鎖・撤去
部屋住み・当番・弱体化・マフィア化

東京オリンピックを目前に控え、街中に堂々とギャングが事務所を構えているという日本は所詮アジアの3流国家と言われてしまうかもしれませんが、海外の警察当局は「あーうちの国も日本みたいにギャングの居場所や組織がわかりやすかったらなあ」と指をくわえているかもしれません。

 

その日、部屋住みの若い衆Mは組事務所の厨房できのうの昼ごはんに作ったカレーを温めなおしていました。

隣の鍋ではうどん出汁をあたためています。あまったカレーを使って今日の昼はカレーうどんにしようというのです。

昼メシ時になると、組員があつまってきます。

「あれ?またカレーかいな」
事務所に入ってくるなり、カレーの匂いを嗅ぎつけたオジキAが言うと、すぐに当番責任者の別のオジキBがフォローしてくれます。
「趣向を変えてカレーうどんですわ。M特製です」
「お!きょうはMくんがメシ担当かいな」

オジキAは嬉しそうです。
Mはヤクザになる前、定食屋で働いていたので、料理がうまく、組でも評判でした。昨日のカレーと少し味を変えようと、隠し味でグリーンカレーのルーも入れました。飽きないように工夫が大切です。

正午になると事務所には腹をすかせた組員10人近くが事務所に集まっていました。
ゆであげたうどんを出汁でもうひと煮立ちさせ長ネギと刻んだ油揚げも入れて、カレーと一緒にテーブルに並べました。
炊飯器には炊き立てのご飯、ザルには生卵を出しました。
どんぶりを抱えた組員たちが並び、“エライ順”によそっていきます。うどんをよそってからカレーをかけてカレーうどんにする人が大半ですが、うどんとカレーライスで食べる人も。
卵をうどんにれる人もいれば、玉子かけご飯とうどんにする人もいます。バリエーションを持たせることも大切です。みんな「まあまあイケるな」などと言いながら食べていますが、カネのない組員たちの顔からは笑顔がこぼれ、ここぞとばかりにお代わりをします。

毎日事務所に行けばタダ飯が食べられるというのは、これだけ業界が厳しい厳しいと言われる中で、ヤクザを続ける大きな動機の一つです。

一通り食事が終わって洗い物をしているとインターフォンが鳴りました。防犯カメラを見ると顔見知りの刑事がたっています。玄関に出迎えると「親分いるか」とのこと。
当番責任者のオジキBが「え?ガサですか」と聞くと、警察官の後ろから何人か別の人たちも入ってきました。少し怖がっている様子で警察ではなさそうです。

そのうちの一人が「暴力団追放センターの者です」と挨拶をし書面を示します。
「裁判所で仮処分の決定が出たんですよ」
顔なじみの刑事はオジキBと視線を合わせずに言うと、暴力団追放センターの人が書面を読み上げます。
話を聞いていると、少し難しいところはあるものの、要するにこの事務所は今日から使用禁止になったということでした。
「悪いけど、すぐに出て行ってくれや」
刑事にそう言われて組員全員がえー!?と声をあげました。
一番困ったのは事務所で生活をしているMでした。今から出て行けと言われてもいったいどこへ?

近くの喫茶店で商談をしていた親分がすっ飛んで帰ってきました。
刑事と組長室で話している声が聞こえてきます。
「こんな急に殺生じゃないですか」
「いや、俺たちが決めたわけじゃないんだ。裁判所なんですよ。親分、俺だってこんなこと言いいにこさせられるのはつらいですよ。でも警察官が付き添えって言われてきてるんですよ」
「裁判所はいつ決定出したんですか」
「今日の午前中です」
「まだ昼過ぎですよ?若い子らはここに住んでるんですよ?マンションも借りれないのにたたき出されてどうしたいいんですか」

すったもんだの挙句、翌日の正午までに事務所を引き払うことになりました。Mの布団も事務所の家具などの備品も軽トラで組長の自宅に運ばれていきました。冷蔵庫は家族住まいの幹部が引き取ることになりました。

Mをはじめ3人の部屋住みはとりあえずしばらくの間、とりあえずは組長の知り合いが経営するラブホテルで共同生活をすることになりました。
しばらくしたらどこかにマンションを借りて若い衆部屋にしてもらいましょうということでした。

事務所が無くなって1か月、毎月20日に近くのファミレスでやっていた定例会合に何人かの組員が来なくなりました。

しばらくして連絡も取れなくなりました。事務所当番もないし、タダ飯もない。彼らをつなぎとめるのに事務所が大切だったとあらためて認識しました。
こうしてこの組織はゆっくりと壊滅させられていったのです。

 

暴力団事務所の使用差し止めや撤去が全国で相次いでいます。

九州の工藤会の工藤会館の撤去には業界も驚いています。

事務所の撤去は暴力団の威力をそぐことに間違いない一方、表立って行動していた暴力団の動きが分からなくなるという危険もはらんでいます。

 

暴力団事務所・組事務所の役割

ヤクザは実はどこにも届け出を出していません。政治団体でも会社でも宗教法人でもありません。社会人サークルと同じ扱いです。

指定暴力団・その他暴力団は警察・公安委員会が反社会的活動が著しいサークルを暴力団対策法にのっとって一方的に指定し、網をかけているだけです。

そんなフワフワした団体なので、拠点となる施設を持たずになんとなく適当にちょくちょく集まりましょうというゆるい運用だとすぐにバラバラになってしまい、まともに組織として機能しないので、事務所を設けて組織の結束を強めています。

事務所には部屋済みと呼ばれる若い衆が寝泊まりできるスペースがあったり(最近は事務所そのものではなく近くの借り上げアパートだったりしますが)、食事が用意されていたりして、「はぐれ者」たちが集まって3食布団付きで暮らせるようになっています。当番制度や定例の会合もあり、組内のいろいろな人と親しくなり組織への愛着を覚えたり、商売の仕方を覚えたりします。

組事務所はまさにサークルの部室兼寮のようなもので、ヤクザ活動を続けるには絶対になくては活動できない重要な施設になります。

ヤクザの心臓ともいえる組事務所を片っ端からつぶしていけばヤクザの力は明確にそがれていくでしょう。

 

海外の犯罪組織は秘密結社

海外の犯罪組織、マフィアなどはそもそも存在自体が秘密で、組事務所など持ってはいません。

マフィア映画の中でボスたちが会合を開くときは人里離れた農場、廃工場、レストランの事務室だったりします。

そして「つけられてねえだろうな?」「ここで会合やるってことは誰にも言ってえねえだろうな」と警察、FBIの動きを警戒します。

警察は町のうわさ話や、別件で逮捕した連中からの話を頼りにどこにいるかもわからない秘密の犯罪組織を必死に追いかけ、実態を解明しようとします。

いったいなんという名前の組織なのか、誰がボスなのか、アンダーボス(若頭)は誰なのか、ほかのどこの組織と親しくしているのか。日本では警察が組事務所を観察していれば当たり前に把握できることがすべて謎に包まれたような状態です。

電話を傍受したり、車にGPS発信機をつけたり、司法取引を駆使したりして血眼になって組織の解明を目指しています。

 

情報収集にリーズナブルな組事務所

一方、日本の暴力団ヤクザは基本的に組長以下全員が組事務所を活動の拠点にしています。組事務所というわかりやすい拠点があることで警察は組織の実態把握、メンバーの検挙、捜索が容易になっています。

定例会
組事務所で行われるので事務所の出入りを観察していればほぼすべての組員の顔と役職が把握できます。急に見慣れない顔のメンバーが加わったとか、逆にいつもいるメンバーがいなくなったとかもすぐにわかります。

義理事
襲名披露、誕生日会、新年会、お歳暮配り。他団体から誰がきて誰が誰に頭を下げたとか組織の実態把握には重要なものです。

捜索
組事務所に突撃すればいいだけです。ニュースで組事務所の捜索を行う警察の様子が流れますが、今どき事務所から拳銃や覚せい剤、多額の現金が見つかることなどありません。ほとんどの場合、連絡網や当番の書いてあるホワイトボードを撮影して帰ったりするだけですが、メンバーが分かるだけでも十分な収穫です。

内偵捜査
組事務所から出ていく組員の車を追いかければいいだけですし、住所不定の組員を逮捕しようと思えば、2,3日組事務所を見張っていれば顔を出します。

 

事務所撤去・閉鎖は続けるべきか

この手の議論になるとヤクザをいじめすぎると地下に潜ってマフィア化し、もっとあくどい犯罪をするようになるとか、これまでどうしようもない不良の最後の受け皿だった部屋住みができなくなったら不良は行き場がなくなるとか、ヤクザが町から消えたら外国人犯罪集団が跋扈するようになるとか半グレが勢いを増すなどという反論が出てきます。

つまるところ「ヤクザは必要悪で根絶やしにしてはいけない」ということであって、正当な主張であるとは言えません。

事務所を叩き潰してしまうのはいいことですが、ヤクザの存在、動きがつかみにくくなるということは少し怖いのではないかと思います。

こっそりホテルの部屋で会合を持たれたり、山の中で義理事が行われるようになったら、そのうち組長は誰なのか、メンバーは何人くらいいるのかも把握しにくくなりますし、捜索(ガサ)をかける場所もなくなってしまう。

マスコミや警察に囲まれて事務所に入っていく幹部の姿が見られなくなると逆に「え?最近どこにいるの?」とちょっと怖くなりますね。

 

しばらくはこのまま野放しにして、適宜、逮捕しまくって刑務所に入れまくるというのが実際問題、効率的なヤクザのせん滅方法のような気がしますが。

 

1年後、Mはシマとは離れた街のマンションで暮らしていました。組に所属はしていますが、事務所がなくなったので当番や日々の業務はなくなりました。
Mはもともとヤクザな商売の才覚があり、後輩がやっていたオレオレ詐欺や薬物の売買で急速にお金を貯えました。
商売の際に組の名前を出しますし、アニキや親分たちは慕っているので上納金は支払っています。
組事務所でちょっとした小遣いをもらいながら暮らし続けていたらこんな商売にも手を出さずにのんびりできていたかもしれませんが、金を手にした今、Mは人が変わったようになりました。もうカレーうどんなんか見向きもしません。

才能のないロートル組員が消えていく一方で、「うちは事務所がないから当番や部屋住みはないよ」と声をかけたところ半グレ的な若い衆が加入し、組織は一気に若返り、実質的な組員の数も増えました。組事務所に出入りしていないため、警察にも把握されずに済んでいます。彼らはカネ稼ぎはまだ勉強中ですが、Mの配下に入って行動力もあり組織の大事な人材になっていきました。

Mが親分と外資系ホテルのバーで飲んでいたら親分の電話が鳴りました。あの時の刑事からでした。

「最近、何してるんですか。若い衆はどこに行ったんですか。最近、Mくん街でも見かけないですね」
「さあ?Mは部屋住みできなくなってどっかいっちゃいましたよ。どこ行ったか知りません」
「事務所がなくなってから誰も見かけなくなって何されてるのかわからなくって。正直、上から情報はないのかってせっつかれていて、また仲良くしてくださいよ」
「アンタらに話すことなんかないですよ。こっちは事務所取り上げられてバラバラですよ」
「親分、待ってください、今本部長って誰が」
「本部長?本部がないからそんなもんいません」
「あの、今月どこかでお会いできませんかね」
「忙しいんで。さよなら」

親分は電話を切ると、毎月100万円の束を持ってくるように成長したMに向き合いながら言いました。

「事務所がなくなってみたら、警察の目はないし、無駄に人出も、家賃も食事代もかからない。お前みたいな人間やその周りが動きやすくなって組織も潤っている。案外こっちのほうがうまく回るかもしれんな。よろしく頼むぜ本部長」